好きな人を目の前にしたら、冷静になることは難しいでしょう。 相手が喜んでくれたら嬉しいし、相手から嫌なことをされたら絶望します。 10代、20代の恋愛は、相手の機嫌や行動で、気持ちが左右されてしまうものです。 それが楽しい反面ひどく落ち込むことにもなります。 情熱的で燃えあがる気持ちこそ「愛し合う」ことと思っていた私も、相手の顔色を伺い、捨てられないように振る舞っていました。 しかし、相手の反応に一喜一憂している状態では、心がもたないと感じ「自立」に変わっていきます。 「振られる」「捨てられる」「飽きられる」「裏切られる」「離れていく」ことがとにかく恐怖で仕方ありませんでした。 そして、気付くのです。 振られないための確実な方法は“付き合わないこと!“ 本気で付き合うこと、本気で好きになることを避けて、いつ離れても大丈夫なように、常に心の準備をしていました。 それはまるで「悪い結果が来るのを待っている」ような状態です。 そんな、依存も自立も失敗した私が「依存の上が自立」ではなく「自立のさらに上の依存」があることを知ることになるのでした。
なぜ依存するのか?
赤ちゃんの頃は、物理的にも精神的にも、誰かに「依存」しないと生きていけませんよね。 そして思春期に入り、反抗期で親を拒絶し「自立」へと変化していきます。 仕事も入社したては、未熟で先輩について教わり、そのうち独り立ちします。 初めての恋愛も、相手の連絡がないと不安になったり、相手を所有物のように独占したり、相手の行動全てを把握して思い通りにしたいという欲求が出てきます。 そんな恋愛に疲れた人が、気軽な恋愛がいいとか、もっと軽いのがいいと、お互い自由な関係を選ぶ傾向にある気がします。 何を始めるにも、最初は「依存」からスタートしていくものです。
なぜ自立するのか?
親子関係だと「自分の人生は自分で決める!」と親に反抗する人と、親に全てを決めてもらわないと不安な人がいます。 仕事で問題が起こって自分で対処していく人と、「あの人がこう言ったから」と他責にする人がいます。 「依存」の人は、他人に指示されないと行動できず、自分で責任を取りたくないので、失敗したら指示した他人のせいにします。 「自立」の人は、自分で判断し行動するので、誰かの指示で失敗しても自分で責任を取ろうとします。 自分で解決した方が早い、他人に頼るのが面倒、自分の人生は自分で決めたいという気持ちが強くなると「自立」へ変化していきますが、 他人に依存している方が楽だと感じる人は「依存」のままで止まってしまいます。 「自立」の最大のメリットは、「心が傷付かないこと」と「自分でコントロールができるこ」とだと思います。 大恋愛することや、大好きなペットの死など、心が大きく動くものは失った時のダメージが大きです。 自立の人は、感情をセーブする傾向にあるので深入りをしないように付き合います。 そのおかげで、他人から裏切られたとしても、最初から信用していないので心が傷付きにくいのです。 また、100%自分のせいにしているので、人生を自分でコントロールができます。 依存の人は、他人が90%悪いなどと言いがちですが、そうなると自分の人生は他人が90%支配しているようなものですよね。 自分のせいにすることは「偉い」ではなく「賢くて楽」なのです。
なぜ「自立」できないのか
「自立」に変化できない人は、「執着」が邪魔をしていることがあります。 執着していると、相手を所有物のように扱い、期待と見返りと完璧を求めすぎてしまいます。 人の為と書いて「偽」と読むと言いますが、 「あなたの為」「あなたのおかげ」は、いずれ「あなたのせい」になります。 執着の人は、よく「あなたの為にやってあげた」ということで相手を繋ぎ止めておこうとします。 あなたの為にやったのではなく、自分の為にやったことだと自分でも気付いていません。 「自分を好きにさせる」ことに執着をして、相手の自由や幸せを蔑ろにしては、 私が可哀想、私を愛してと、相手からの愛を奪い続けます。 所有物だから、自分の思い通りにならないと気が済まないのです。 でも、レンタルしているものだと思えば、執着心は持たないでしょう。 購入した車は自分のものだけど、レンタカーを自分の車だとは思いませんよね。 それと同じで、自分だけが自分のもので、付き合っていても恋人は自分のものではありません。 相手は、自分の所有物ではなく、その時間だけお借りしているのだから大切に扱います。 そして、一緒にいない時間までも管理したり拘束したり、他人の時間や気持ちを奪おうとすることにエネルギーを注がないことです。 この執着を辞めないと「自立」へは変化できません。
行き過ぎた「自立」は厄介
ここまで読むと「依存」は悪い「自立」は良いことと感じるでしょう。 しかし、自立は良くも悪くも「期待しない」「諦めている」のです。 自分の心が傷付かないことを優先するあまり 他人に無関心になり、信用もしないと捻くれていきます。 恋愛も、お互いの気持ちを確かめ合ったり、求め合ったりする依存状態の方が盛り上がって楽しいですが 無関心で求め合わないなんて、自分1人で足りているので恋愛が成立しにくいわけです。 行き過ぎた自立は、夫婦関係の問題でも起こります。 「育児を手伝ってくれない」 「ゴミ出しをしてくれない」 「給料が安い、稼いでくれない」 「帰りが遅い」 最初は不満を相手にぶつけていたけど、そのうち相手に期待することに疲れて、相手がいないものとして処理していきます。 「依存」の恋愛は、振られたり浮気されたりすると、死ぬほど傷付きますが、 良い時は、めちゃくちゃ幸せというご褒美が貰えます。 「自立」の恋愛は、相手に無関心だから退屈でつまらないが、 浮気されようが、案外「心は傷付かない」というご褒美が貰えます。 依存も度を超えると、支配したりストーカーしたりしますが、 自立も度を超えると、誰といても深い付き合いができず、なんだかつまらないという状態になってしまうでしょう。 自立と依存どちらか一つを選ぼうとするのではなく、 自立した同士が求め合う「相互依存」というゾーンが存在します。
「上級依存」=相互依存とは
「相互依存」とは、自立した同士が自分の弱さや足りない部分を受け入れて お互いを支え合おうとする関係のことをいいます。 「相互依存」と似て非なるものが「共依存」です。 お互いが求め合っているという点は似ていますが 「相互依存」はお互いが「自立」していることに対して、「共依存」はお互いがが「依存」しあっているのです。 相手がいなくなれば、破滅していくロミオとジュリエットのようなイメージです。 共依存については、別の記事で紹介したいと思います。
会社にいると経営をする人、営業をする人、企画をする人、経理をする人など、それぞれ役割があって1人ですべてをこなしているわけではありませんよね。 これが、独立してフリーランスになっても、企画と経営は自分でやるけど、事務作業は外部に委託しようとか 1人で完結しているわけではなく、他人に任せる部分もあって、お互いに助け合って支え合っています。 恋愛や、家族関係や、社会などのすべての人間関係において、相互依存が良いといわれています。
「上級依存」になるために
できないことや、してもらいたいことを、恥ずかしがらずに他人にお願いすることをします。 「自立」の人は、道に迷っている人に親切することはできるのに、自分が困っているときは、助けを求めることがなかなかできません。 道に迷っている人を助けたとき「時間を奪われて迷惑だった!」なんてきっと思わないですよね。 「困った人を助けることができて嬉しかった」と誇らしかったはずです。 それと同じで、相手もあなたを助けたいと思っています。 人に迷惑をかけたくない、できないと思われたくない、恥ずかしい、カッコ悪いと思うかもしれません。 たしかに「依存」の人に頼られると、そう感じることは多いような気がします。 依存の人は、助けて貰って「当たり前」と頼りにするのではなく、アテにするので助けた方も嫌な気持ちになります。 しかし、しっかり者の「自立」したあなたに、頼られることは嬉しいなと感じるものなのです。



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