「モテすぎて困る」なんて冗談のようだけど、あの日の私は本当にそんな状況に巻き込まれていた。
次々と届くお誘い。
目の前で私を取り合う人たち。
本命はどんどん機嫌が悪くなる。
一人断っても、また新たな相手が現れる。
「え?なんで?親しくもなかったのに、なんでこんなにモテるの?」
「私、アラフォーなのに…恋愛市場からはとっくに降りたはずなのに!」
でも確かに、いろんな方向から“求められる声”が押し寄せていた。
内心、ちょっと嬉しい。
けれどそれ以上に戸惑いが大きかった。
みんなに良い顔をしたら、本命を傷つけることになる。
「もう私の取り合いはやめて!静かに暮らしたい!」
そんなある日のこと。(実話です)
まさかのモテ期到来!?ハーレム状態
娘の通う保育園で、1日だけ保育参加をした。
この保育参加は任意で、その日は私だけが参加。
ママ友もいないし、クラスの子どもの名前も顔もほとんど知らない。
だから、普段入らない保育室に足を踏み入れた瞬間、子どもたちが一斉に寄ってきて驚いた。
「あ!〇〇ちゃんのママだ!」
「こっち来て!」「手繋いで!」「抱っこして」「ずるい!私も抱っこして」
「ご飯一緒に食べよう!隣座ってもいい?」「ずるい!僕も隣がいい」
気づけば私は子どもたちに囲まれ、手を引っ張られ、袖を掴まれ、まるで取り合いのようだった。
一瞬何が起きたのかわからなかったけど、すぐに気づいた。
「ああ、今日ここにいる保護者は私だけなんだ」
これはまるで、オタサーの姫!!!
(そういえば、子育てと推し活も、ちょっと似てるね!)
子どもたちは全力で愛情を求めてきて、目を見て話しかけ、気を引こうとし、時には誰かより優位に立とうとする。
そんな様子に戸惑ったのは、私よりも娘の方で、号泣してしまった!
「私のママなのに、勝手に触らないで!」
それをみた他の子も泣いてしまって
「〇〇ちゃんだけ、ママ来ていいな〜私もママに会いたくなっちゃったの!え〜〜ん…」
カオスな一日が始まった。
もうクタクタになりながら、家に着いたら、娘から大クレームの嵐!
「私のママなのに、他の子抱っこしないで!他の子と仲良くしないで!!」
…この様子、恋愛現場でよく見るぞ!!
若かりしころの自分もやってたなと重なったのだ。
心理学的に見る 親子と恋愛の“共通点”
心理学では、親子関係と恋愛関係は根っこでつながっていると言われる。
どちらも「依存」と「承認欲求」がベースだ。
小さい頃に満たされなかった感情は、大人になって恋愛の場面で再現されやすい。
例えば――
・相手の気を引くために過剰に尽くす
・わざと距離を取って様子をうかがう“試し行動”
・嫉妬して不機嫌になり、相手の反応をうかがう
・他人と比較されることで自己肯定感が揺らぐ
これらは全部、子どもが親に対してするアプローチとほぼ同じ。
つまり、子どものころの「愛されたい」という気持ちの延長線上に、私たちの恋愛があるのだ。
あの日私を取り合った子どもたちも、きっと心の奥底では「見てほしい」「自分を一番にしてほしい」という願いを抱えていた。
それはわがままじゃなくて、ごく自然な感情。
でもそれが満たされないと、大人になって別の形で、特に「恋愛」で現れることがあるのだ。
依存側と自立側、関係のバランス
あの日の私は不思議な形で“モテた”。
でも恋愛の勝者になったわけでも、自分の魅力を誇れるわけでもなかった。
親子関係では、子供が依存で親が自立側である。
子供は親に執着し嫉妬をし、ためし行動をしたりする。
恋愛も、自立と依存同士、または依存や依存同士の場合もあるだろうが
依存する側も、される側も応えてあげられなくなるとキツくなってくる。
私は、拗らせ恋愛出身で、つまり依存体質!
なので、自立した側の気持ちのよりも、依存する側の気持ちの方が痛いほどわかる!
でも今回のモテ期到来で
「求められることの重さ」や「相手の心を抱きとめる責任」を痛感した日だった。
自立してても、依存されすぎるのはキツイ!
どうしてモテたいのか?
「モテたい」という願望の裏には、
「誰かにちゃんと見てほしい」「自分を一番に感じたい」という子どものような思いが隠れている。
誰からに好かれること、必要とされることは嬉しいものです。
こんなに同時に必要とされる経験は、なんだか快感でもあった。
心が満たされる。
恋愛のトキメキじゃなくて、もっと深い「愛」を感じる。
「かわいい〜!愛おしい!」って胸がいっぱいになって、
みんなの笑顔が見たくなって幸せでいっぱい。
ああ、こんなハーレムなら最高だな!
もしハーレム体験してみたいなら、ぜひ保育参加をおすすめします(笑)
しかし、その反面「モテてモテて困る!」って言ってた女子の気持ちが、やっとわかった。
確かに、ただその場にいるだけで声をかけられ続けるのは、うざいかもしれない(笑)
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