正しさより愉しいセックスの方が心が満たされる

究極のセフレセックス恋愛
究極のセフレ
元々恋愛や性行為に対しては真面目だった私が、セフレを選択して「こんな不純なセックスは良くない」とか「愛されていない」とかごちゃごちゃ考えていたが、最終的に行き着いたのは、頭で正しさを考えても幸せにはなれないということだった。

関係性が間違っているとか、セックスは好きな人としかしてはいけないとか
簡単に体を許したら遊ばれる、愛してもらえないとか、全て自分都合であることに気付いた。

恋人でも、セフレでも、ワンナイトでも、お互いがご機嫌で納得をして行為をしていれば楽しく満たされると感じたことを季節の変わり目の春分の日にまとめてみようと思います。

関係性を気にしすぎると本末転倒

恋人も旦那もセフレも経験して思ったのが、その関係性を気にし過ぎると何も楽しめないということ。
「恋人になれたんだから大事にされてるよね。」とか「セフレだから遊ばれてる。」とか「結婚したんだから永遠の絆だ。」とかそんなこと全て関係ないのです。
それって、相手に何かを求めているときに起きる感情だからです。

本音は「恋人になったんだから、結婚したんだから私を大事にしなさい!」「セフレからは愛されない!愛されたい!」って、相手に求めている感情だったのです。
相手に求めるから不満や不安が残ります。

恋人になったところで、この考えがあると、恋愛を楽しみたいのに、愛されていることの確認作業に時間を奪われてしまい、つまらないことに時間を割くことになるのです。
そんなことより、目の前の人と全力で子供のように楽しめる人に、人は魅力を感じると思うから、確認作業もほどほどにしないと本末転倒になるということです。

愛されることより、勝手に愛したもん勝ち

悩みって他人に対してのことが大半ですよね。
「私はもう愛されていない」とか「これをやったら嫌われるんじゃないか」とビクビクしてると余計に気を遣って、それを相手も感じ取るので、なんか空回りして余計に関係が悪化したり・・・。

不満や不安があるような恋愛はそもそもうまくいかないと思いました。
うまくいく恋愛って、最初からただ楽しい!一緒にいるとワクワクする!一緒にいなくても相手のことを考えてるだけで楽しい。そういうものだからです。
相手のことを考えると不安になるって、相手を信用していないことにつながります。
そして、相手に何かして貰おうという受け身の恋愛なのです。

私はチョコレートが好きなんですが、チョコレートが私のこと興味なくても好きなもんは好きなんです。
物と人は感情がないから違うけど、それでいいと思うんです。
私には子供がいますが、子供が私のこと嫌いだったら悲しいけど、だからって私は子供のこと愛しています。
一方通行だっていいんです。
お互いが同じ気持ちにならなくても、わざわざ好きなものを嫌う必要はなくて、好きのままの気持ちでいたって誰も困りません。

相手に愛して貰おうとすると、なぜか愛してもらえないのです。
でも、勝手に愛していると、相手も嫌な気はしないものです。
ストーカーをするとかそういう粘着な間違った愛ではなく、愛ってその人を笑顔にすることだと思うのです。
相手が喜ぶことをして、それで笑顔になったら自分も嬉しい。

勝手に相手を愛して、笑顔にして自分もハッピーでいられる。
それが最高のギフトだと思うから、自分で自分の機嫌を取る方が手っ取り早いのです!

相手に何かして貰おうじゃなく、自分が楽しくなる、相手も笑顔になることだけを考えればいいのです。

正しいより楽しいを重視したら幸せ

「正しさより楽しさ」という言葉はよく耳にすると思います。

これはあらゆることに言えることで、恋愛やセックスにおいてもそうだと思いました。

正しさを重視していた頃の私は「セックスは好きな人としかしてはいけない」とか「制欲を感じるなんて不純だ」とセックスを悪だと決めつけていた。

そういう感情の時に、セフレやワンナイトをすると、不満や不安が残って相手に依存してしまう。
自分が嫌な感情が湧くことはわざわざしなくて良いのです。

「都合の良い女」「所詮セフレ」「彼女以下」と他人が言っても
自分がそれに納得していて、楽しんでいるならOKだと思うのです。
そもそも、他人の評価を気にしちゃう時点で、これもまた他人の意見に振り回されて
正しさを追求しちゃって楽しさを味わえないからです。

それが嫌なら、しなければいいだけ、でもしたいならすればいい。

「セックスは(恋愛感情のない)好きじゃない人としてもいい。」
「この人と楽しいセックスしてみたい。」と、全力で楽しむ方が私は幸せを感じました。

相手を笑顔にすると愛される

語弊がある内容でしたが、セフレを推奨しているのではなく
恋人関係であっても同じだと思うのです。

相手に求めすぎたり、私ばっかり愛すると損した気持ちになるとか
縛ったり、重くすることで相手をコントロールしてしまう時に一度考えて欲しいのです。

「なんで相手に求めてしまうのか?」

その原因のほとんどが、相手に嫉妬していたり、相手に不満を抱いていたりします。
「相手の方が友達がいて羨ましい」とか
「他の人に取られてたら私が恥をかく」とか
「友達に私の悪口を言っているんじゃないか」とか
何か別の感情が隠れているのです。
それを見つけて、その感情を持ってしまった自分をただ許してあげることをします。

許しとは「こんな感情持っていたんだ。私って寂しかったんだね。」って認めてあげるだけです。
間違っても「だから私はダメなんだ」と責めてはいけません。

恋愛関係も、仕事関係も、友達関係も、セフレ関係だって全て人間関係です。
その原因がわかると、人間関係が好転していきます。

愛は減らないし、誰かを愛するとどんどん大きくなるだけです。

正しさをずっと追求しても幸せにはなれませんでした。
だって、体に良いってわかっている食生活や運動をして正しいことをするより
夜更かししながら映画を見て食べるポテトチップスは体に悪そうで間違っていますよね?
でも、そっちの方が魅力的で楽しんです!

誰にも迷惑をかけないなら、間違っている方って言われている楽しい方を選択したって良いんです。
人生はあっという間で、今日より若い日はありません。
正しさを追求するより、楽しいことに時間を割いた方が幸せです!

不健全なことって元気でるよね?

セフレは作っちゃダメ?セックスは簡単にしちゃダメ?
私もかつてそうだったように、ほとんどの人はそう思うでしょう。
それに、男性に愛されたいや大事にされたいなど、心の部分を求めていると
それはセフレでは解消されないと私も思うからです。

全員がそうだと言うわけではありませんが、確率として体を簡単に許すと、目的が心ではなく体に行きやすいためです。

相手がくれないものを求めるのは、お互い辛いことです。

求めているものが同じなら、楽しいと思いませんか?
セフレとセックスだけをするなんて、めちゃくちゃ不健全!親が知ったら悲しむ!なんて思っていましたが、
不健全なことって楽しかったりしますよね!(笑)

夜中に食べちゃいけないカップラーメン
みたいな、やっちゃいけないことって魅力があります。

ただ、同時に「罪悪感」というネガティブな感情が生まれます。

セフレ=セックスしかしない友達
セフレ=セックスもする友達

私の場合、セックス“しか”しないという人間関係を作れてしまうことに、虚しさや寂しさが生まれました。
だったら、友達とセックスもするけど、他のこともできる人間関係ならネガティブな感情が生まれることなくなりました。

ポイントは「誰も傷付けていない!」
誰もと言うのは、“自分”も含めて、相手も自分も、そして浮気や不倫などパートナーがいるなら、
その人知ったら悲しむならしてはいけない!
それは、パートナーのためと思うが、自分の為です。
究極パートナーにはバレずに、傷付くことがないかもしれない。
でも、自分は知っているので「相手に悪いな」と言う罪悪感を持ったまま関係を続けるので、自分が傷つくのです。

私たちは大人なので、最低限のマナー「正しさ」は持ったまま、
「不健全を健全に楽しむ」ことにを考えると
正しさより、愉(たの)しいことにフォーカスできるので、好きなことができて元気が出ちゃいます!(笑)

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