【性欲=心】暴走する性欲は、心のケアで解消!

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前の記事で触れた、性欲は単なる生理現象である。

生理現象って「トイレに行きたい」「眠い」「お腹空いた」のように、自然と出てくるものだから体の欲求と感じます。
特に性欲の場合は、心が大きく関わっていると思うのです。

嫌いなものを食べても一応お腹は満たされます。
では、嫌いな人とセックスをすると性欲は収まるのか?という疑問です。

性欲と心の関係

性欲と食欲は、よく例えで使われますよね。
色んな欲求には、大きく2パターンが存在する気がします。

空腹だから、とりあえずお腹を満たしたい場合と、高級フレンチを食べながら“特別な時間”を過ごしたいという場合である。

空腹を満たすという欲求ではなく、特別な時間という心の欲求です。
心の欲求が強いと、お腹が満たされればいいわけではありません。

これを性欲に置き換えると、体の欲求だけであれば風俗や割り切ったものでも満たされるが、
心の欲求が強い場合は、作業的なセックスでは満たされないわけです。

本当は、素敵な相手と素敵な空間で素敵な時間を過ごしたいと思っているのに、
「ムードが足りない」
「ロマンチックじゃなかった」と不満が出るのは、体ではなく心が満たされたいのだと思う。

このように心の欲求が強いなら、性処理をするより心を満たす方が効果的です。

寂しさを紛らわすと性欲が暴走する

「寂しいからセックスをした」という経験はないだろうか?

性欲を筋トレで紛らわそうとしてもダメなように、
寂しさセックスで紛らわそうとしても、ほとんどの場合、セックスの最中だけ紛れ終わった後はどうでしょう?

心で繋がれなかったセックスだと、終わった後に不安を感じ、この不安を鎮めたく、また誰かとセックスて繋がろうとします。
心で繋がらないと、セックスをしている時でしか繋がりを感じれないのです。

恋人になれば、心で繋がれるというものでもありません。
「時間になったから、ご飯を食べなきゃいけない」と、
「付き合っているから、セックスしなきゃいけない」が似ているように
義務的なセックスも心が繋がってるとは違う気がするからです。

心が満足すれば、性欲は解消されるのか?

では、心で繋がるセックスをして心身共に満たされれば性欲はなくなるのか?

大好きな人とするセックスも、何度も求め性欲が高まる一方になりませんか?

愛し合うセックスも、寂しさを紛らわすセックスも、性欲が増すという点では似ている。
しかし、動機や心の状態が対照的だと思うのです。

愛し合うセックスは
「あの素敵な時間をまた過ごしたい」
「また繋がって愛を感じ合いたい」などとシンプルな動機だと思う。

寂しさを紛らわすセックスの本来の目的は、
「誰かに愛されたい」という心の欲求な気がする。
人によっては、したくもないセックスをして「愛してもらえるかも」と期待をしている状態に近い。
終わった後に寂しさが膨れあがるのは「体を差し出したのに愛してもらえなかった」と感じるからかもしれない。
心の欲求は解消されないので、他の人なら愛してくれるかもと彷徨い続けたり
悪い相手にいつまでも尽くしたりすることになるケースもあります。

性欲を解消させる、心のケア方法

ここまで読んでいただき、自分は心の欲求が強いかも?と感じたなら、心のケアをすることが近道です。
心の欲求だと自分で気付く(=受け入れる)ことができれば、自分で解消できます。

セックスをする相手がいるなら、デートや食事をして、話を聞いてもらう方が満足感はえらるはずです。
だけど、これが難しいと感じている人の多くは、親しい人に身の上話はできないのに、よく知らない人とはワンナイトできてしまう。
【心を開くより体を許す方が簡単】という無意識の考えがある。

この考えを壊さないと心の寂しさは消えないと思うのです。
「他人は裏切る、他人は冷たい、私のことは理解されない」と思っていることが、寂しさの土台になってしまっている。

そう思ってしまっていると、自分からは心を開けません。
相手が心を開くのを待って、愛してくれるのを待って、愛してくれてもそれを信じることができず
いつまでも愛を受け取れないことになってしまいます。

そもそも、なぜ愛してもらえないと本気で思ってしまっているかというと
「あなたが、自分を愛していないから」です。
自分で自分を愛していれば、愛されることが当然だから、好きだと言われれば「そうでしょうよ!私は最高だから」となります。
自分を愛していないと、好きだと言われても「こんな私を愛してくれるわけない。騙されている。」と感じてしまうのです。

「騙された自分はダサい」から騙されることも怖いのです。

何もしないで、誰かに愛されようよできるのは、きっと親子関係だけな気がする。
きっと、受け手側の人は、この関係を望んでいるのかもしれない。
悪さをしても愛し続けてくれる存在
「本当に一生どんな私でも好きでいてくれるの?」なんて圧をかけた愛情を確認したくなります。

今は好き!今は嫌いのように、好きか嫌いという感情は、その日でコロコロ変わりませんか?
騙されたって、お金を取られるとかじゃないなら、好きか嫌いかの確認作業より、ただ一緒に楽しめばいいだけです。

思っている以上に他人は薄情かもしれないけど、思っている以上に優しいのです。
「体を許さなくても、心を開けば、それがどんな欠点でも案外受け入れてくれる」ものです。
受け入れてくれないのは、他人ではなく自分です。
自分より他人の方が遥かに心が広くて優しい存在になってくれます。

自分がそう感じているように、他人も誰かに受けれてもらえないかもと思っていたり
誰かに愛されてみたいと思っていたりします。

一度でいいので、やり方を変えてみませんか?
自分から心を開いて、自分の欠点や嫌いなことや過去の嫌な出来事を話して心を開いてみます。
そして、その人を大切に思ってあげます。
自分が先にリードする側になってみるのです。

相手に何かしてもらおうと待ち続けて、貰えたことはありましたか?
自分が貰いたい優しさを、自分が相手にしてあげます。
それは恋人でなくても、友達や家族でも知人でも誰でもいいです。

実は、心が満たされるときって、誰かに何かをしてもらった時より
自分が誰かを満たす存在になれたと感じた時に、自分の心が最大限に満たされるはずです。

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